東京エスメラルダ

オトナによるオトナだましぃな日記 in Tokyo

自然災害が頻発する中で、生涯の伴侶に求めることについて考え直す

今年の自然災害、特にキツくないですか?

毎月のようにどこかで地震や豪雨や熱波や台風などで

生命の危険や経済への壊滅的な打撃を受けていますよね。

 

当たり前のように生きていくことや、

当たり前のように存在する暮らしの質って、

こんなにもなすすべも無く一変してしまうのかって思っています。

 

残りの人生後半も、病気や介護などで、

このような厳しい状況が次から次へと襲って来るでしょう。

そんな人生を乗り越える伴侶は一体どんな人だったらいいのか?

 

私たちは普段結婚相手を探すとき、

ルックスがどうだの、年収がどうだの、趣味がどうだの、会話がどうだの、

そういうことを気にしていますよね。

 

で、今回しみじみ思ったんですけれど、

病気や介護や経済的な困窮など様々な困難がこれから確実に起こる、

老いていく過程にすでに突入している私たちの年代は、

上記のような要件はほんっとにどーでもいいのかもしれないって。

 

災害でも病気でも介護でも、

結局お金があれば解決できる!とか、

大学病院にコネがあるような家柄や職業の方が助かるでしょ!とか、

まあそりゃ無いよりはある方がいいんでしょうけれど、

それって「快適さ」の追求の話だと思うんですよね。

 

そうじゃなくって、

一緒に生きていける相手かどうかの条件って

快適性や利便性じゃ無くもっと原始的なことなんじゃないかと。

 

真っ先に家族を守ることを考えてくれる人や、

行動でちゃんと示してくれる人や、

苦難の中でも忍耐や明るさを忘れない人や、

向き合って支え合うんだという覚悟がある人かどうか。

そういうことなんじゃ無いかなって。

 

今一度、自分の考え方について修正を加えました。

 

そうそう、私たちは快適に過ごしてきたから、

もっと快適に便利に生きられるツールを持ってる人がいいよね、って

そういう価値観に走りがちだったけど、

 

お金があっても必要なことに使ってくれないケチな人だとか、

自分が得すること以外には身内にも無関心な冷たい人だったりとか、

金は自由にしろだけど仕事で忙しいから家のことは任せるみたいな人だったりとか、

自分のことで頭がいっぱいになって家族に配慮を欠く人だとか、

口ばっかりでストレスや困難から逃げる人だとか、

 

ハンサムでスマートでご立派なスペックだからって

共に生き抜くパートナーとして上記のような人は選ぶべきではないってことを、

うっかり忘れがちだったなって思いました。

 

人生って過酷だったわ、って思い出しました。

誰にでもあるように、私にも一つや二つ生命や経済的な危機がありましたが、

乗り越えれば苦しさは忘れ、平穏で楽しい未来を描きたくなるものです。

だけど近年の深刻な自然災害を連続で見ていると、

思い出します、生きていくことの厳しさを。

 

そして痛感します、

一人では生きていけないことを。

誰か支え合える人が居て欲しいことを。

 

婚活プロフに書く条件をアップデートしよう。

より詳細に、真剣に。

モテには繋がらないかもしれないけど(笑)