東京エスメラルダ

オトナによるオトナだましぃな日記 @田舎

アラフォーの友人関係の断捨離

友達を断捨離した、という話。

登場人物はM・A・Bの3人。惚れた男に都合のいい女にされてるMと、待てば付き合えるかもと応援するA、そんな男やめろと反対するB。

男がやりたい時だけ呼び出され、ホイホイついて行って簡単に寝ることで男の恋人になれることを期待し、連絡がこなくて悲しむM。そんなMの都合のいい女スタンスにBは共感できない。そういう関係の女友達の話です。

 

久しぶりに会ったBから、実はMと友達付き合いをやめることにしたと言われました。そしてMの恋愛を応援し続けるAとももう個人的には会うのをやめたいのだと。

ちょっと待って、穏やかでないわねえ。何年も一緒に遊んでるし相談事もしてきた仲じゃない?それなりの歴史とか思い出もあるのに?と私は仲裁のつもりでBを引き止めました。

そんなに深刻なことじゃない、とBは笑いました。二人とケンカしたわけじゃないし、エスメラルダちゃんや他の友達と一緒に大勢で会うようなときまで避けるようなことはなく、ただ相手のために自分の時間を割いたり、親身になって話を聞いたり考えたりするような親密なカテゴリーからMとAを”外す”だけ、ある意味関係の断捨離ねと言うのです。

 

なぜそう思うに至ったか。

結局まだMはくだんの男と中途半端な関係を絶っておらず、男に対する恋愛感情をもったまま数ヶ月に一度呼び出されて会って寝るというセフレ状態を甘んじて受け入れていました。

Mは本音では恋人関係になることを望んでおり、男にウザがられないようにその気持ちを隠しながら相手にとって都合の良い関係で我慢している。男のお願いや身の回りの問題が発生したときには自ら進んで世話をやき、わずかでも男のプライベートに関われるつながりを保っておこうとし、不要な時は男の顔色をうかがってそれ以上距離を縮めないように気を遣っているという。

そして応援スタンスのAは相変わらず、よかったね相手も嫌いじゃないから連絡くれるんだよとMを元気付けるような言葉で応援し続けている。

 

そういうの全部バカらしくなっちゃって、とBはいう。

 

Mの恋愛には賛成できないけど、それでも本人がその男を好きっていうならもう大人だしそれでいいと思う。でもMは悲しいとか付き合いたいとか私たちに愚痴るわけじゃん?どうすればいい?とか意見を求める。私は男に願望を伝えられない40女って好きになれないし、繋ぎ止める手段が身体の関係ってのもみっともないと思うわけ。そういう生き方がもうなんか自分とは完全に違っちゃったな・・・ってMを遠い存在に感じるの。

そんなMを可哀想とも可愛いとも思えないし応援しようとも思えないなら、私がMの恋バナを聞いているこの時間はなんなの?って疑問を持っちゃった。Mの話の内容は間違いなく私にとってストレスだし、Mに求められたから親身に考えて意見も伝えたけどMには響かないんだから相談されても意味もないよね。これは友人関係じゃなくて、相手は誰でも良いただの暇人が傷を舐め合う寄り合いだなと思ったの。

 

そしてAは相変わらずMの恋を応援してる体裁だけど、なんだかんだいってAは他の友達や用事や仕事を最優先しているし、Mに優しい言葉をいっぱいかけて全面的に肯定してるように見えたけど実際はMへのプライオリティは低い、むしろどうでもいいから適当に上部だけ耳触りのいいこと・Mが聴きたがってることを並べてるだけなんじゃないかと思えてきて、Aの本質は無責任な人という印象に変わって行った。どうでもいい話にどうでもいい返事をしている人間関係って不毛だなと思ってしまった。

もっと若い頃はMもAもいろんなことに一生懸命に向き合っている姿勢が感じられたし友達として共感や尊敬できる部分もあったけれど、ここ何年かはそういった気持ちを感じることもなくなったと思っていたの。

 

勝手な意見だけど、40代と言うこの年齢で私たちの生きる方向が変わってしまったように感じた。もともと同じでなかったにせよ、そのズレがこの年代になってはっきりと違う方向を指していると感じるようになったから、ああもうお友達って感じでは付き合えないなと思っちゃった。

ストレスを感じるような深い話や相談事を聞くために自分の時間を割きたくないし、考えたら私も彼女たちに自分の深い相談なんかここ何年もしていない。なぜかといえばこの人たちに話してもためになるような経験則や解決の糸口になるような考えは聞けないって感じていたからなのよね、酔っ払ってただ傷を舐め合ったり薄い共感をするだけだと。そう気付き始めた時が友人関係の断捨離への序曲だったのかもしれないと今では思う。

Aと付き合いが長いエスメラルダちゃんにこんなこと聞かせて申し訳ないんだけどストレスを感じるお付き合いは卒業したいのでごめんなさいね、彼女たちのSNSをそっとミュートにして気持ちの中での断捨離は完了です、とBはさっぱりした顔をしていました。

 

・・・ちょっと寂しい気もするけど、仕方ないのかなと思いました。

例えば、結婚して子供ができたアラサーが毎日の仕事や家事や育児に必死になっている時、独身の友達による彼氏のデートが手抜きだとか会社のお局様がいじわるぴえんみたいな愚痴って次元が低く感じることってありませんか?どっちが良い悪いじゃなくて、そのとき生きているステージが変わってしまったことによる考え方や成長スピードの違いが大きくなる一瞬ってありますよね。Bもそういう状態なんだと思いました。

今まで通りのベタベタしたつきあいを続けようとするだけが友情じゃないのかも。恋愛でも同じだけど、お互いに居心地がよくないと感じているのに関係だけ続けるのはそれはもう惰性とか執着っていうもんね。ライフステージに応じて人との関係の見直しをすることはもしかしたら自然なことなのかもしれないと思いました。

 

深い友達関係からの卒業という言葉をBは使ったけど、

いまは卒婚っていう言葉もあるし、

つながりを残したまま関わりを薄くすることは歳を重ねるごとに増えていくのかもしれないですね・・・。