東京エスメラルダ

オトナによるオトナだましぃな日記 in Tokyo

どちらが幸せなんだろう?ハイスペック妻と普通の家庭妻

お友達には、結婚してから一度も働いたことがない専業主婦がウヨウヨいます。良き妻良き母良き嫁として、家庭を職場とする生き方を選んだ彼女たちの話をしたいと思います。

お友達Aさんはハイスペックの旦那さんの元にお嫁に行きました。実家もお金持ちで旦那さん自身も外資系コンサル出身の高収入男性です。Aさんも蝶よ花よと育てられたお嬢様です。20代で結婚し出産、都内で億ションに住み、お子さんを有名な学校に入れる勝ち組お受験ママ。日常的に着飾ってパーティに出席したり、年に数回”ちょっと所用で”海外に遊びに行ったり。

まさにドラマの世界のようなお金持ちの奥様の生活をしています。

お友達Bさんは普通のサラリーマンと結婚。年収は低くありませんでしたが旦那さんが転職を繰り返して収入が安定しなかったり、事業を始めた時は家を抵当に入れたりで、Bさんが働きに出る必要はなかったものの、豊かな暮らしとは言えない状態の時もありました。子供は普通の公立学校に行かせて不況の時代に堅実な手に職系の道を歩ませました。子育てが落ち着いた近年はご実家のお爺様とお母様の介護生活が数年続きました。

特に羨ましくもない、アラフォーの普通の結婚生活だなと思います。

 

両方の友人と親しくなり、両方のお宅に行ったり話を聞いたり交流を深めているうちに、結婚っていいなあと私が憧れを持つようになったのは、AさんではなくBさんでした。

 

Aさんの生活って本当に優雅なんです。お宅の高級マンションも内装がフルカスタムですご〜く豪華。身につけているものもお食事に行くところもブランドもの(の中でもハイクラスのやつね)がデフォルトだったり、正装するときは逆に値段がわかるみんな持ってるブランドものなど恥ずかしいと言えるようなものすごいお着物や宝石をドンと備えてる。流行りの港区女子なんてせいぜい田舎の成金の発想でランクが低いと思っちゃうような、そんな世界が実際にあるんです。

一方でBさんは普通の賃貸マンションでブランドものなんか持ってるのを見たことがない、マルイのセールで買ったバッグに薄化粧で手編みのセーターを着てるような女性です。

でも私が憧れたのはBさんなんです。

両方とも専業主婦としては優秀な方達です。3食お弁当おやつも手作り、旦那さんのお仕事上のお客様にも良く対応されていて妻としても名サポートをこなし、子供のスケジュールに全てを合わせて家で待機しているような主婦の鏡のようなお二人です。

なんでAさんに対して羨ましさはあっても憧れはないのか。

AさんもBさんもお料理の腕前はすごい。Aさんは盛り付けのセンスもよく食のいろんな資格も持っているのでお店を開業できるレベルです。さすが各国の高級レストランを知っていて、あちこちのパーティで良いものを知っている人だとわかります。

でも、Aさんの食卓はいつも空っぽなんです。

ハイスペ旦那様は多忙でほとんど家で食事をしない。フルコース整えていても出張の支度をして出て行ってしまう。女性のところに行ったっきり帰ってこない日もある。子供に食事を食べさせてお受験用の塾に送った後、ガランとしたテーブルでワインのボトルを開けるところから始まるひとりぼっちの晩餐。口汚く愚痴をこぼせない上流家庭の奥様の孤独な時間に付き合ったことが何度となくありました。

絶対イヤだなあ…こんな生活、って、心の底から思ったんですよね。

 

Bさんも市場で新鮮な鯖を丸ごと買ってきて三枚に下ろし、半分しめ鯖にして半分味噌煮にして…とおしゃれではないけれど誰もが戻りたくなる家庭の味、風景が目に浮かびます。なにより、Bさんの家は毎日のように家族が揃って食事をしていました。子供が大きくなってその回数は減っても、集まれば試験の話や恋人への文句や新作のゲームの攻略法など、旦那さんも揃って親子で和気藹々と会話をしているような家庭です。いつも仲がいい夫婦だなあ、親子でこんなに会話がある家庭も珍しいなあと思うほど。

両方のお子さんを見ていても家庭環境の違いを感じます。お行儀がよく上品な服装でテーブルマナーも身についているのは絶対的にAさんのお子さんです。良家の子、育ちの良い子、というイメージぴったりです。でもその子は幼い頃から抑圧された環境で耐えているのだとわかるんです。親の顔色を見て、していい話、ダメな話を心得ていました。思春期で生意気盛りの時でも、触れてはいけない親の問題には気づかない顔をする配慮をしていました。父親からは、お前のためにお母さんと我慢して生活しているのだ、というようなことを言われ、母親がキッチンドランカーになっている姿を見て育っているのです。豊かな家の子であり恵まれた環境にいますが、必死に自分を保っている緊張感のようなものを幼いながらに感じさせる子でした。

一方でBさんのお子さんはびっくりするほどのんびりしています。小学生の時も中学生の時も成人してからも屈託無く笑っています。娘さんが彼氏に振られたときは毎回パパが特効薬の役割で、腕を組んで一緒にルミネにお買い物に行くそうです。成人してスーツ姿の子供の前髪が風でくしゃくしゃになった時、無言でBさんが整えてあげる姿をみて、Bさんが大人の女性から妻となり母となり愛情深い人間として存在していることに少し感動しました。子供を持たない私の心に羨ましい感情が湧き、自分の幼い日さえ思い出す、なんとも言えない美しい風景でした。

ああ、彼女は幸せな人生を送っているんだろうなと、見ていてこちらも幸せになりました。

 

避けられないのが手伝いや介護といった女手としても役割です。Bさんはごく普通にお爺様の介護をする親を助け、その時の経験を頼りに今度は病気になった親の介護をしていました。手をかけてもらった親だから最後は本人が望むようにできるだけのことをしたい、と言っていました。特別なコネも経済力もない、文字通り二つの手を動かして時間を作って寄り添って使命を果たされました。やれることもやったし、親も最後まで自分で選んだ生き方をしたのだから、悲しいけれど悔いはない、と後日静かに語っていました。そこには苦労話や遺産相続の話はなく、ただただ親への感謝がありました。

Aさんも献身的に妻や嫁としての任務を果たしています。旦那様のご実家も名門で、しょっちゅう集まりや法事や交流があり、ご自身のご実家の世話も合わせて忙しく飛び回っておられます。良家の妻らしくどんなところでもマナーや冠婚葬祭の正しい知識も完璧で、実務で本当に頼りになる価値ある女性として尊敬に値します。でも、それはいつもどこか”見返り”が伴う前提での選別をした献身に見えるのです。彼女の口からは、どこどこの顔を立てておかなきゃとか、お付き合いを疎かにできないしとか、そのような心を抜きにした目的ありきの発言が多く、後の利益の獲得や権利の主張のための手続きとしての一次的な労働をしているようにさえ見えました。旦那さんとは冷えた関係のようですが、自分が費やした時間や苦労の見返りとして、のちに莫大な遺産を相続することで人生をチャラにしようとしているように見えました。

悲しいのは、それで辛い気持ちをなんとか抑えよう、不幸をお金の力で最終的に幸せだったことにしようとしているAさんの姿に無理が感じられるところです。

 

お金だけど、やっぱりお金だけじゃないんだ…とハイスペ妻のAさんの姿から、のちに私は婚活に対して考え方を改めるようになりました。

 

お金じゃない、愛が一番よ、とは思いません。

大抵のことはお金で解決できると思うんです。経済的な問題が発端で、あるいは経済力を必要とする解決方法を選択できないためにこじれて別れるカップルや夫婦は多いと思います。

Aさんの優雅な暮らしは本当に垂涎もので、そういった生活の中で出会う一流の人から学ぶことやその縁はお金には変えられない価値があるでしょうし、その中で生きることでAさんもまた洗練されていく。そういう環境って羨ましいなと思います。

それにどうせいろんな苦労をするならば、貧乏な苦労とお金のある苦労ならお金のある苦労の方がいいもの。同じ時間を費やして辛いことに耐え労力をかけるのであれば誰だってそう思いませんか?

それにセックスレスなのはAさんもBさんも同じ。どちらもおばさんになってかつての美貌はどこかに吹き飛んでしまっています。でもAさんのように経済力があるとメンテナンスに十分な手をかける時間もあり、グレードの高い手の掛け方ができ、さらに中身の劣化を補う素敵な鎧を選ぶことができ、美しい物でいっとき心を満たすこともできる。貧乏だったら全部できませんからねえ。辛いですよ。

でも論点はそこではなく。

 

お金はあっても幸せそうに見えないAさんの考え方や生き方と、お金はそんなにないけど幸せそうに見えるBさんの考え方や生き方の比較論なのかなと。

浮気しないハイスペック夫ならAさんみたいな生活が幸せじゃんと安直には行かない。浮気や病気や介護や経済的な不安や子育てなど、結婚生活には問題が山積するのが普通。何もない家庭なんてないですよね。色々ある中で、何をどの点を幸せの基準にするかは自分が決めることだと思うんですよ。

Aさんのようなハイスペック妻ってご自身もハイスペックでやっぱりなにより上昇志向が強い。より多くより高くを望んで実際に手に入れてるけれど、それはイコールいつもこれではまだ足りない足りないってことなのかもしれない。もっとこうすれば完璧に、もっとああなればより素晴らしくっていう生き方。今ある幸せを見てないのだから、足元に見えてるのは足りてない部分ばかり。夫が帰ってこない、お飾りの会合に顔だけは出さないといけない、ママ友に弱みは見せられない、実家に泣き言は通用しない。どこの家庭でもある問題でもAさんは閉塞感が濃いんですよね、孤独なのかもしれません。

Bさんに賛同を覚えるのは、特に恵まれた環境ではないけれど、自分がすべきことを無償の愛で淡々とこなして、見返りを求めず、現実はちゃんと認識して流されず、感謝の心を持って普通に生きてる本人の姿そのものなんですよね。気がつけば彼女を形容するときにAさんのようにブランドとかお金にまつわる描写とかいらないんですよ。逆にAさんを語るときには本人よりも鎧のだけ話で済むというか中身は鎧ほど伴わないというか。

Bさんの普通の生き方を、家族仲の良さを、責任の果たしかたや愛しかたや愛され方をみて幸せな結婚生活だと私は感じますし、女性としてこの人は幸せな人だ尊敬できる生き方だと思います。

 

自分が婚活する中で、

ハイスペックな男性であれば人生勝ったも同然、

幸せな人生間違いなし!みたいなことを思えないしネタにも書かないのは、

Bさんみたいなリアルな幸せな人を知ってるからだと思います。

ハイスペックな環境に頼らずとも自ら幸せになれる人がいることを。

 

幸せになるの「成る」って自動詞なんだなあとつくづく思います。

自分の作用による動詞なんですよね。他からの作用による動きではない。

自分で幸せに成る、んですよね〜(しみじみとした余韻でフェイドアウト…)。