東京エスメラルダ

オトナによるオトナだましぃな日記 in Tokyo

「誰かと生きる人生」を選ぶタイミングについて考える

アラフォーの未婚者って、

一般的に言われるように”結婚できなかった”のではなく、

それまで何度かあった、誰かと生きるか1人で生きるかの岐路に立たされた時、

1人で生きるほうを毎回選び続けた結果なのだと思います。

 

いろんな理由で、結局誰かと生きる人生を選ばなかった。

それよりも、1人でいることを選択した、毎回その選択をし続けてきた。

だから、いま1人でいるのです。

 

でもね、

誰かと生きて行きたい!という気持ちが枯れることもないのです。

 

アラフォーにもなって、彼と一緒に住む話が出た時、

予想ではすごく嬉しくてすぐ同居スタートすると思ってたんですが、

それらが現実化していく過程で意外と迷っている自分に気づきました。

同居を決意するまで、おつきあいしてから1年以上かかりました。

 

ある程度おつきあいの期間が継続し、

信頼関係が形成されてからにしたいという理由が一番です。

それは当然だと思うしそういう慎重さは私には重要なことだからそれでいい。

でもそれが解消されてもまだ迷いがありました。

どんな迷いがあったのか?主だったものは以下です。

 

・1人の自立した自由な暮らしを手放すのが惜しい

・ケンカしたときクールダウンする逃げ場がなく毎日顔を合わせなければならない

・誰かと住む=他の異性とのチャンスを放棄する

・入籍しているわけでもないのに、

病気や介護など相手側の負担を分かち合わなければならないことが重い

 

これって若い頃結婚に踏み切れなかった理由のあるあるだと思いますが、

今思えばこんな覚悟もできないで結婚なんかできませんよね(笑)

でもアラフォーの今も、やっぱり似たような理由で同棲に踏み切れないんですよね。

むしろ前より同じ理由でも濃度が上がっている。。。

 

若い頃ならとにかく好きで一緒にいられるだけでよかったのに、

アラフォーになるとこういう「面倒臭さ」がそこはかとなく全体的に滲み出てくる。

なんかもう…1人ってやっぱ楽ですものね!(←言っちゃった)

楽しむことも休むこともいい加減なことも自己責任のマイペースでできるし。

特に介護や病気は、自分のことや自分の実家の問題だけでも頭が痛いのに、

今更他人や他人の家族のことを背負うなんて無理無理、、、って。

 

でもね、これこそが、一人暮らしの悪害だと思うんです。

心が錆びていくという悪害。

 

良いトコ取りだけして面倒は嫌、

没コミュニケーション、自己完結、二言めには”面倒くさい”って。

どんどん自分の気持ちが縮んで行って、

人と一緒に泣いたり笑ったりすることが「面倒くさい」ことになってしまっている。

 

私はそうなりつつある自分に気づいたとき戦慄が走りましたよ。

ああ、人として錆びて行ってる。いやだいやだと。

人と一緒に生きることが面倒くさいことになり、

なんかよくわからないけどどこかに余白みたいなものを残して置きたく、

その代わり重要視してることといえばわずかな自由時間とお金の余裕。

なんてちっぽけで心が貧しいのでしょう。

人生一度きりしかなく、それももう折り返し地点にきてるというのに。

久々に大反省しました。

 

そして、彼にも確認をしたんです。

 

快適な一人暮らしを手放すことに迷いはないか、

この年齢からの同居は若い頃の気楽で気軽な同棲とは違って責任が重い、

あなたはそれらを踏まえて納得しているか、

あなたはそれらを踏まえて同居の相手に私を選んでいるか、

本当に私で良いのか、と。

 

彼のほうが自立心が強く一人で生きてきた年数も長い、

一人でも家事にも全く困らないし、

私より人の好き嫌いやライフスタイルも厳しい。

ストレスも大きいかもしれないので念押ししておきたかったのです。

 

彼は言いました。

一人で生きるのは快適だしもう慣れている、

ただそれが良いことだとは思っていない。

僕は誰かと生きる人生を選びたい。

これは良いチャンスだ、僕はあなたとならそれができると思う、と。

 

別にプロポーズでもないしドラマチックでもなく淡々としてますが(笑)

 

彼もまたこの年齢になってから色んな変化を受け入れられるか、

今更新たな面倒(かもしれないこと)を背負えるのか、

なにより、それらを許容できる柔らかさがまだ自分に残っているのか、

などと自信がなかったり不安になったりしていたはずです。

 

でも、やっぱり「誰かと一緒に生きたい」と思ってるんですね。

そしてその選択をしました、彼も私も。

 

同居にせよ入籍にせよ、

実行するタイミングって先に延ばせます。

でもその間に加齢で物事が面倒になってくる。

気づかないうちに心が錆びてくる。

 

そして、したくてもできなくなったときに気づくのかもしれません。

あの時そうしていればよかった、と。

誰かと生きる人生でありたいと思っているのなら、

そう思えるうちが華です、前に進んでみましょうというお話でした。

 

まあ実際は物の配置や家事の仕方で毎日のように小競り合い、

行ってきますお帰りなさいも言わず内心舌打ちし合い、

相手が外出しているときはお互いホッとするなど、

再び誰かと生きることを選んだ面倒臭さも満喫しているのですが。。。